桜蕾むころ結婚式
はじめに・・・
今回の地震で亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈り申し上げます
被災された方々、大切な人が被災された方々、謹んでお見舞い申し上げます
たくさんの命が1秒でも早く、1人でも多く救われますように心から願っております
日々、目にする、耳にする悲しいニュース
本当に心が痛みます
それと同時に改めて感じること
今から16年前、私は阪神大震災で被災しました
大切なひとや大切なものを失った
まだ中1で、ガキんちょだった私はあの時に気づくことはできなかったけれど
あの時みんなで分け合ったパンやおにぎりは、
あの時並んでもらいにいった水は、
あの時作ってもらった温かいお味噌汁は、
あの時体育館で寒さをしのいだ毛布は、
全部全部、全国の優しい方々がいろんな形で届けてくれたもののおかげで受け取ることができたもので
あの時ガレキの下から助けだされたたくさんの命は、
睡眠やごはんの時間も作れず働きどおしだった警察官、消防士、自衛隊、医師、看護師、ボランティア、その他多数の方々の頑張りのおかげで
ここには書ききれないほどたくさんのことが、たくさんの人の力で救われた。。。
だから、今度は自分がする番
募金であったり、節電であったり、自分が今できる方法で
ひとりではわずかな力だけど皆の力が合わされば、きっと届くと信じています
16年前のあの頃、岡山の親戚の家にしばらく住ませてもらって、そこの中学に仮転校してました
親戚も学校の皆も誰も、私の前では地震のことを口にしなくて
毎日学校ではクラスメイトが休み時間遊びに誘ってくれたり手紙をくれたり、家に戻ると皆で笑ってごはんを食べた
その時迎えた誕生日にはみんな「おめでとう」って言ってくれた
私はまだ子供で、不謹慎なんて言葉も知らないような人間だったけど、皆の精一杯の優しさが心から嬉しかった
地震のことを思い出すたび、神戸の皆と会えなくて寂しくなるたび、泣きたくなったけど、周りの皆の笑顔と元気にどれだけ救われてたか
神戸に帰るときクラスメイトにもらった色紙には、誰も一度も口にしなかった「頑張って」「戻れてよかったね」「応援してるよ」「負けないで」っていう言葉がたくさん書いてあった
その励ましにどれだけ元気をもらったか
神戸に戻ったあとも、家を失い仮設住宅に住む子のとこに集まって誕生日会を開きお祝いしたりした
周りには大切な人や大切なものを失った人たちがいっぱいいたけど、大人も子供もそうやって皆で笑っている間だけは、悲しいことツライこと忘れられてたんだと思う
今にも崩れ落ちそうな精神状態の皆を支えてくれてたものは、笑顔と元気だったような気がします
不謹慎とは謹み・慎みをなくすこと
だからそこに、つつしみと優しさや思いやりが存在する限りは、誰かの笑顔と元気は必要だ。。。それが被災地であっても、被災地じゃなくても。。。
そう思います
今日、出勤途中ふと顔を上げたとき、桜の蕾が、元気な緑色とほんのりピンク色で今にもはじけそうなくらいパンパンに膨らんでいることに気付きました
「こんなに寒いのに、必死に耐えて蕾を膨らませて頑張って咲こうとしてるんや。。。」
感動しました
私は3月27日に結婚式を行います
正直この2週間、いろんなことへの不安や心配で、結婚準備に集中することができず、それでもやらなければいけないことは山積みで、ただ黙々と目の前のことをこなす日々でした
でもあさって、私は元気と笑顔で皆にありがとうを伝えてきます
神社で結婚の報告をして、新しい家族たちとの縁に感謝して、来てくれたゲストに美味しい料理と飲み物とおしゃべりで笑顔になってもらって、精一杯の気持ちを伝えてこようと思います
ここにも、地震後に結婚式を控えていた、または控えている花嫁さんがたくさんいることだと思います
延期や中止せざるを得なかった皆様は本当につらいことだったでしょう。でもこれが終わりじゃない。次の新しい道を心から応援しています!
また、先の見えない結婚式に対する不安や悩みをどこにもぶつけれず、辛い思いをしている人たちもいることでしょう。一番いい方向に道が開けることを祈っています!
そして複雑な心境のまま結婚式を行った皆様、きっといろいろ悩んだことでしょう。でもこれだけは言わせていただきたいです。本当におめでとう!
最後に・・・
当日、両親への贈呈シーンでも使うことにした大好きな曲
今の私の思いがそのままつまったような歌詞です
一刻も早くたくさんの笑顔が戻りますように・・・
※今回、自分の思うことをそのまま書きつづった記事なので、気分を害された方がおられましたら、心からお詫び申し上げます。






















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